別のセリフ · 1
「ええ、確かに目撃した… でもまえに言ったように、ずっと誰にも信じてもらえなかった… 夫に出会うまでは」
「ええ、確かに目撃した… でもまえに言ったように、ずっと誰にも信じてもらえなかった… 夫に出会うまでは」
「なぜだ? そんな空想ができるか? 妻はあのナナフシの存在すら知らなかったんだぞ。そこが重要な点であり、信頼できる目撃例である証拠なんだ。あの昆虫についての事前知識がなかったんだからな」
「ええ、それは真実よ。わたしの母も祖母も、そんな生き物のことは知らなかったはずだし。わたしがこの話をするようになってから、男の子たちはこう言った。“レナ…”」彼女は少年の真似をする。
「“あの葦原でインスリンデナナフシを見たと、本気で思ってるのか? もう帰ってくれ!”」レナはほほえむ。「そう言って、リンゴジュースだけ寄こして、わたしの髪をくしゃくしゃにするの。夢ばかり見てるんじゃないって言ってね。でも、わたしは確かに見た」
「わたしだってそう考えたことはある。でも夫はこの話がほかの目撃報告と一致してると言ってて。それに子供のころ、ナナフシの話なんか聞いたこともなかった。それは確かよ。母からも祖母からも聞いたことはない」
「あれは夏のことだった」彼女は話しはじめる。「あの日、わたしは砂の上に競走用のコースをつくっていた。高く生い茂った葦原のそばの浜辺で。葦はほんとうに背が高くて、わたしの身長の何倍もあったのを覚えてる。そのとき突然…」
「わたしの人生で最も不思議な瞬間だった。見あげると、葦の一本が“動いた”の。植物とはちがう、生き物みたいな動きで。それは立ちあがって、わたしを見た。小さく畳まれていた体が、アンティークのおもちゃみたいにひらいていって… あんなものは見たことがなかった」
「まさかと思って、手を伸ばして触ってみた。感触は葦の茎そのものだけど、やっぱり動いていた。体を揺らしながら、わたしの頭上にそびえ立っていた…」レナはあなたを見つめる。「 20秒か、1分かわからないけれど、しばらく経つとそれはいなくなった。葦原の中に消えていったの」
「追いかけようとした。でもまだほんの子供だったから、泥と深い水に足を取られて、見失ってしまった。わたしはその場に立ち尽くして、膝まで泥に浸かりながら、ずっとあたりを見渡していた…」
「すぐに祖母のいる別荘まで走って帰って、“葦が歩く”ことなんてあるのか、誰かをじっと見つめることはあるのかと訊いた」そう言って、レナはくすくす笑う。「当然、祖母は大笑いした。でもわたしはその日自分が何を見たのか、よくわかっていた…」
「それから何年も、パーティの席でその話をしたものよ。“男の子たち”の気を引きたい、なんて思ったときに」レナは髪をかきあげる。「当たり前だけど、ほとんどの人はただのおもしろおかしい物語として受け取った。正直言うと、わたし自身もそうだった。でもモレルと出会って…」
「今じゃ想像できないかもしれないが、その日、私たちはデートしていたんだ。レナの話は、私がそれまでに聞いた中で最も詳細なインスリンデナナフシの目撃報告だった。その鳴き声も… そのナナフシは鳴いていたらしい…」
「レナがいなかったら、私はとうの昔にあきらめていただろうな。大げさでもなんでもなく、自分の仕事に対する信念を彼女が甦らせてくれたんだ」いつもの満面の笑みを忘れ、モレルは尊敬の眼差しで妻を見つめている。
「初めてのデートのとき、その話をしたの。あのときの夫の顔といったら…」彼女はにっこりと笑う。「“君が見た生物はインスリンデナナフシの特徴と完全に一致している。白いまだら模様の肢、その動き方まで…”なんて言ってね」
「見あげると、葦の一本が“動いた”の。植物とはちがう、生き物みたいな動きで。それは立ちあがって、わたしを見た。小さく畳まれていた体が、アンティークのおもちゃみたいにひらいていって…」彼女は首を横に振る。「あんなものは見たことがなかった。葦が生き物に変わるなんて」
「この“現実”について、もう一度教えてくれないか?」